チャクラの掃除とお守りさんの会話
いつ雨が降ってもおかしくない空模様のオークランドです。
今朝はとても暖かかったですね。
半袖で大丈夫のような陽気です。
少々風があるので、動いていないと涼しく感じるかも。
今にも雨が降ってきそうな写真を一枚。
降るな、降るな、と思いながら家まで歩いていました。
子供たちの学校の2学期が始まってから、ウォーキングをするようになりました。
息子を送って行った帰りに、いろいろと遠回りをしながら家路に着く。
最初は、ちょっと遠回りでたったの10分だけ余計に歩いただけでした。
これでは、まったく意味がないと思い、家を出て学校まで送っていく時間も含めて、計1時間歩いています。
1時間はあっという間に過ぎていきますね。
その間に、ただボーっとしているのはもったいないと思い、歩きながらチャクラの掃除をしています。
ちなみに瞑想ではなくて、お掃除です。
エネルギーが滞留するとロクなことがないようで、そうならないように排出しているわけです。
そうしている間に、ふと「お守りさん」とつながって会話し始めることもしばしば。
そこで話し始めるとお掃除が疎かになるので、全部終わるまで待ってもらいます。
第4チャクラのエネルギーを通していると、突然「幸せになりなさい」と入ってきました。
このときのメッセージを伝えてくれたのは、ニュージーランドの神様の一人だったみたいです。
この「幸せになりなさい」の意味は、どうやら、私は、自分自身で幸せになりにくくしているようで、それをやめなさい、というような意味合いでした。
私「そうですよね・・・。どうやったら幸せになれますか」と聞くと、
お守りさん「自分を許すこと」と。
私「(わかってはいるけど、具体的にほしいな・・・)」と思っていると、
ここで、とてつもなく小さい容器の中をぐるぐるともがいている自分が見えます。
容器の外は無限に広く、とても心地よいものなのに自ら選んで行かない様子。
容器の中はにいる私は、そこが心地よく、出たくないと思っている感じが伝わってきますが、それと同時に外のほうがはるかにいいものだともわかっているような感じでもあります。
自分で勝手に作った枠に囚われてもがいているだけ。
ん~、私はあの船に乗って航海を始めたのではなかったのか?
そのときのブログ記事はコチラ➡https://reading-no-kobako.amebaownd.com/posts/4151692
ここで私、少々図々しいお願いをしました。
私「私のことを褒めてくださいませんか。素晴らしいとか何とか」
お守りさん「いくら褒めたところで、自分がそれを受け取る準備ができていなければ意味がない」
ここでのイメージは、お守りさんが褒めてくれようとしているのにガッチリと固い何かで自分を防御している姿です。
言葉が浸透していかないといったらわかりやすいでしょうか。
それと、自分が自分を素晴らしいと思えないと意味がないし、他の人に言ってもらってどうするのだという感じも入ってきました。
ふ~、わかっちゃいるけどな~。
私「具体的にどうしたら」
お守りさん「あれもこれも持っているのに。感謝しなさい」だそうです。
感謝か。
足りていないかもしれない。
私「これからはもっと感謝します」
お守りさん「口先だけだぞ、腹からそう思え」
私「(何でもお見通しだな)」
お守りさん「なんでも素通りするな」
この「素通りするな」は、いろいろなものの観察を怠らないというか、何にでも注意を払えって感じでした。
何にでもとは本当に何にでもで、小さい虫でもってことらしいです。
もちろん、物質だけではなく見えないものも含めてですね。
私「ちょっと疲れてきました」
お守りさん「今はこれだけだけど、言いたいことはもっとある」
私「(これ以上?!)」
お守りさんは、待っていろよ、という感じで言っていました。
もうね、ぎゃ~!!!ですよ。
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